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西本和弘/セーラー万年筆「仕事も万年筆も勉強するほどに奥深く、おもしろくなっていきます」

万年筆を愛する方に、その出会いと魅力についてお話していただく「Life&Pen」。第23回は、セーラー万年筆の名物販売員nt(エヌティー)さんとして有名な西本和弘さんです。

 

職業:流浪の万年筆屋
保有万年筆:100本以上

 

販売員になったのが万年筆との出会い

大学を卒業後、セーラー万年筆に入社しました。実は「文房具が好きだから」というわけでもなく、縁があって入社できた、というのが正直なところ。就職氷河期だったので、80社落ちてたどり着いたのがセーラー万年筆でした。その後、配属されたのが日本橋髙島屋の文房具売場。そこで14年間、セーラー万年筆の販売員として接客を担当していました。

万年筆を初めて触ったのは入社後、本格的に万年筆を使ったのは販売員をするようになってからなんです。髙島屋にいらっしゃるお客様は、万年筆への愛情が深い方々がとても多い。資料やカタログの知識はしっかり勉強したつもりでいましたが、それだけでは通用しないと思い知りました。

だったら自分も万年筆を買って、万年筆を好きになった方がお客様とのお話しに説得力が出るのではないか、と思い、販売員の仕事がスタートして一週間で自分の万年筆を購入。そこから万年筆の魅力に取りつかれました。

私はメーカー側の人間ですので、しっかりとした商品知識と間違いのない説明スキルが求められます。それにお応えするために勉強は欠かしていませんが、個人的な感覚としては「メーカーの人間」という固い存在ではなく、「万年筆好きのあんちゃんが接客している」「万年筆好きの友達とX(旧Twitter)でやり取りしている」というスタンスでいます。

14年間お世話になった日本橋を離れ、今は全国で万年筆の販売イベントをやらせていただくことになってからも、「万年筆いいですよね、私も大好きです」って、お客様と同じテンションでお話しできるのは、自分が万年筆を好きだからこそだと思ってます。

趣味を仕事にしたという話はたくさんあると思うのですが。私の場合は少し違って、仕事が趣味になっちゃったほう。その分「お客様ごとに万年筆や文房具に対して色々な付き合い方がある」という点を「へー!そんな楽しみ方もあるんですね!」と柔軟に理解することができたかなと思ってます。万年筆の接客をこうして長年やらせてもらってますが、接客のキモは全てお客様から教えていただきました。

髙島屋に配属されてから2年後にはXのアカウントを開設しました。あまりかしこまらず「万年筆好きの皆様と気軽にコミュニケーションを取りたい」という気持ちで運用していたのですが、ゆる系の企業アカウントが話題になり始めた時期と重なったこともあり、X経由でご来店くださる方が一気に増えました。

SNSで発信しているのは趣味などの個人的な事とお仕事関連の事が半分ぐらい。親しみやすさを重視してポストしてます。万年筆が気になるな~という方に「なんか面白そうな人がいるな、1回行ってみるか」と思ってもらうイメージですね。ちなみに、ntさんという名前の由来は「Nihombashi Takashimaya」と「NishimoTo」のWネーミングです。

お客様のご要望にあった万年筆を提供できることが喜び

前提として、主役はお客様と万年筆なんです。万年筆屋はお客様と万年筆が出会う場所で、私が主役になってはいけないと考えてます。

ですので、こちらから「イチオシです!」「オススメです!」という言い方はしないように心がけてます。そもそもこの見た目とキャラクターでグイグイやっちゃうと怖がられちゃう()。主役はあくまでお客様、判断をいただくのもお客様で、私の仕事はお手伝いをしている感覚です。接客で心がけていることは自分の言葉で話すことと、お客様をしっかり観察して推測すること。

商品の特徴を一回頭の中でしっかりかみ砕いておいて、いざ接客の時に「どんな言葉で説明したら目の前のお客様に伝わるだろう」と考えながらお話しするようにしています。

お店にいらっしゃるお客様は本当に人それぞれ。共感や安心を求めていらっしゃる方もいれば、新しい何かを発見したくていらっしゃる方もいます。そうしたお客様11人に寄り添うためには、マニュアル通りの接客ではなく自分の言葉で話すことがとても重要だと考えてます。

最初にざっくりとお話ししてみて「この方は何か発見を求めていらっしゃってるのかな」と判断したら、お持ちではないペン先を積極的に出してみたり。

同じ万年筆を説明する際にも、目の前にいるお客様の内面やパーソナリティを把握しながら、その方に合うであろう言葉遣いや身振り手振りに変えていきます。「ntさんらしい接客」と言われることはあるんですけど、実はお客様によって印象が全然違うんですよ。

「何も聞かれていないのに一発目から欲しい万年筆が出てきた、なんでだ」

というようなことをよくお客様から言われます。魔法みたい、手品みたいと表現されることもありますが、実は接客が始まる前からしっかりお客様を観察しているからなんですね。

パッとお客様を観察してブルーのかわいらしいペンダントを付けてらっしゃったら「ブルー好きなんだな、1本目はブルーを出そう」と決めたり、メイクの配色で「こういう色の組み合わせが好みなのかな」と判断したり。

「この万年筆を探していたんですけど、なんで何も言ってないのにわかるんですか?怖い怖い」とか言われます()。でも、それも含めて楽しんでもらえたらと思います。こうやってお客様のことをしっかり深く理解して、ご要望にピッタリの万年筆をお出しできた時はやりがいを感じますね。


かっこいいおじさんになっていきたい

私、38歳まで110kgあったんですよ。今は90kgまで痩せたんですけれど、110kgの体重で9時間立ち仕事じゃないですか。膝と腰が悲鳴をあげちゃって。病院にも行ってましたが「まずは痩せましょう」って言われちゃって。運動と食事制限の両方でダイエットをしました。

それで痩せたときに「これからは、かっこいいおじさんになろう」と思って、初めてオーダースーツを作って、スーツをオーダーしたらいい靴が履きたくなって、ワイシャツもこだわりたくなって。そこからどんどんビンテージや革靴、メガネ、時計などに興味が向くようになりました。

万年筆好きの方は、他のものにもこだわっている方が多いんです。革靴を磨くのが好きだったり、時計をご自分で直される方もいらっしゃいました。そういうお客様のお話にも共感して話せるようになったのは、よかったですね。

でもカメラは、手をつけたら、恐ろしいことになりそうだと思っています(笑)。元々ハマりやすい性分で、ハマると長いので意図的にブロックしているものばかりです。

 

万年筆は、100本を超えてからは数えなくなりました、もちろんセーラー製品が多いですが、違うメーカーの万年筆もたくさん持ってますよ。あくまで「物欲に負けたのではなく、勉強のために買ったんだ!」と言い張っていますが、説得力が全然無いですね(笑))

他メーカーの万年筆を自分で買って、その実力と魅力をしっかりと体感することで、お客様とのお話しが弾む面はあります。「接客にパワーが乗る」という言い方をしてるんですけど、体感に基づいてお話しすることで自分の言葉として伝えられるんじゃないかなと考えてます。

インクは100じゃきかないです。3倍ぐらいはあるかな。インクも色々なメーカーのモデルを買ってますし、どっぷり沼にハマってますけど、私がいるのは「廃番インク沼」。廃番になってしまいもう手に入らないインクを集中的に買い集めています。

すでに廃番ですのでインクは売場に並んでいないことも多いです。ですのでお店の方に「実は私、廃番のインクが好きでして……」と切り出して、倉庫を見てきてもらったりもしています。もちろんそういったインクですので使用を目的とはしてません、あくまで保管用です。

「売るけどさ、ゴミ買うようなもんだよ」って言われたりもしますが、それを「ありがとうございます!」ってありがたがって買っていくので、変な人が来たなぁと思われているかもしれませんね。

でも、「もう手に入らない」と言われると気になるのが人間の習性。自宅で保護して私が愛でてあげたい。そんな気持ちで集めています。もしかしたら「インクの歴史」として貴重な資料が作れるかもしれませんね。

 

 全国の文房具店に行って万年筆を売っていきたい

 

私が20年前にセーラーに入社した時には、「これからは手で書く時代じゃないよ」とすでに言われていたんです。だけど、当時よりも今の方が万年筆は売れてるんですよ。

どれだけデジタルが普及しても万年筆は消えてなくなっていない。これは万年筆の魅力がSNS等を通じて新しいお客様に伝わっていることだと思います。ただ、そういった世の中ですので「ひとつでもSNSでバズったら、一晩で白が黒になるぐらい価値観がひっくり返る時代」と捉えてます。

私が駆け出しの販売員の頃は「セーラーのインクはレッドフラッシュ(インクが溜まっている部分や、線の縁の部分が変色する現象)するからダメだ」と言われていたんです。でも今は「セーラーのインクってレッドフラッシュするから面白い!」と言われている。

数年かけて評価が180度ひっくり返った例ですけど、これからはその変化がもっと極端にもっと早く起こる時代だと思います。その変化に対してメーカーとしてどこまでついていけるのか、あるいは逆に、その変化をメーカー側から起こすようなことができれば、もっと楽しいことになるのではないかと考えてます。

日本橋髙島屋で14年間にわたり万年筆の接客をしてきました。その間にtwitterを始めてntさんという名前もそこそこに売れたかな、と思います。

全国から「ntさんの接客を受けたい」とお客様がいらっしゃって、嬉しい反面で申し訳く思っていました。「いつか全国を回って、私から万年筆を販売しにいきたい」と密かに考えていたんです。

色々と縁が重なって「全国の店舗様で万年筆の販売イベントを開催してきなさい」というお仕事になりまして、図らずも夢が叶った状態です。最初は「日本橋時代の同窓会になるかなぁ」とも考えていたのですが、初めてお会いするお客様や、日本橋の頃とは全く違う環境で接客すること自体に刺激をいただいています。

これをどんどん大きくして「日本全国で万年筆を販売したい」というのが私の夢です。

 

お気に入りの1本:セーラー/プロフィット 長刀研ぎ

新入社員の頃に、最初に買った金ペンです。その後、セーラーの天応工場(現在の広島工場)での研修の際に故・長原宣義先生に研いでいただきました。書き味の良し悪し、なめらかさ、線の太い細いなど、この万年筆を基準に接客を組み立てている大黒柱であり最高の相棒です。

PROFILE

西本和弘

 セーラー万年筆の名物販売員として日本橋高島屋に勤務していた。現在は全国の文房具店で万年筆出張販売イベント「出張!ntさん」を開催している。コーラス株式会社所属の流浪の万年筆屋。

 

(取材・文/中山夏美 写真/長岡信之介)

 

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