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武田健/万年筆インクマイスター「デジタルとアナログが融合した世界になるのが夢です」

万年筆を愛する方に、その出会いと魅力についてお話していただく「Life&Pen」。第24回は、万年筆インクマイスターとして活動をする武田健さんです。

職業:万年筆インクマイスター
保有万年筆:600本

万年筆との出会いは失恋

僕が万年筆と出会ったのは約13年前。当時、長く付き合った人からフラレてしまって、それまで書くことが習慣のようになっていたのが一切できなくなってしまって。何も書く気がおきなかったんです。

そのときに書道家の友人が「万年筆を使ってみたら」と薦めてくれました。書道家の方が言うぐらいだから、使ってみようと思って初めて丸善に行ったんです。セーラーとPILOTの5,000円ぐらいの万年筆を2本買って、恐る恐る使ってみました。

書いた瞬間、ボールペンにはないおもしろさがあることがわかりました。それに加えて"万年筆を持っている自分”に気分が上がった。まったく文章を書く気になれなかったのが、やっと書けたんです。万年筆を使うことで、自分の気持ちを吐き出せると、そのときに気づけました。

ノートは万年筆を使う前からトラベラーズノートを使っています。忘れもしない2006年。トラベラーズノートと出会ったときは、叫ぶほどに感動しました。以前は、大きさもバラバラなノートに書いていたのですが、厚さや紙の質も違うものだから、部屋中にとっちらかっちゃって。今も部屋のどこにあるのかわからない(笑)。トラベラーズノートはサイズもちょうどよくて形も全部同じ。そのノートが積み上がっていくのが楽しくって。今も持ち歩かないことはないってぐらい愛用しています。

書いてストレス発散

小学生の頃から日記を書く習慣がありました。毎日コツコツではないのだけれど、書くことは続けていましたね。父が大学の先生で書斎にこもって原稿を書くのを見ていたので、その影響もあると思います。

日記は「黒革の手帖」って呼んでいて(笑)。絶対に人には見せられない。もしどこかで僕が生き倒れたらどうしようって思うほど、デスノートのようになっています(笑)。

僕はお酒が飲めないので、発散する場所がないんですよ。だから書いて発散することが自然に身についたんだと思います。書くことで気持ちは落ち着くし、一旦忘れられます。そして万年筆で書くことも重要で。

ボールペンだとすぐ書けるのですが、ダイレクトなんですよね。万年筆はちょっと間があるというか、手間暇がかかるじゃないですか。メンテナンスもしなくちゃいけないし、インクの交換も必要。ボールペンみたいに買ってきてすぐ書けない分、筆記具との向き合い方が違ってきます。

そういう部分が必然的に思考に影響するんじゃないかなって思うんですね。だから、今はほとんどボールペンは持っていないんです。配送伝票とか書くときにはボールペンがなくて困ることもあります(笑)。

仕事以外でパソコンに書き留めることは、ほぼないです。スケジュールにスマホを使うことはあるけれど、自分の思いは手書きが多い。でも、そうは言っても日記も毎日書いているわけではないんです。

三日坊主バンザイ。書きたくないときは書きません。だから日付が書いていない日記帳を使っています。書けた日だけ日付スタンプで日付をつける。毎日じゃなくても書いたら残るので、記録があることが大事だと思っています。

インクのネーミングにロマンを感じる

万年筆がここまで増えたのは、インクを使いたいって思いが大きいです。最初、万年筆は1、2本あればいいと思ってましたが、使い終わらないと次のインクが使えないってことに気づいて…。それで当時、手頃に買える「LAMY」の万年筆を集めてインクの使い分けをしていました。

初めて買ったインクは「PILOT/色彩雫」の「月夜」です。そこから物語が広がるようなネーミングにやられましたね。インクは3000色ほど持っていますが、似たような色でも欲しくなるのは、そのネーミングにロマンを感じているからだと思っています。

ネーミングの意味はわかる範囲で調べます。海外製品はわからないことも多いので、深追いはしません。その名前から自分流に想像するのも楽しいなって思っていて。ご当地インクであれば、それが店主の方とお話するきっかけにもなります。僕がプロデュースしているインクブランド「KEN'S NIGHT」では、なぜこの色にしたのか説明文を入れているんですね。僕の思いを伝える意味もありますし、使い手の方がそこからイメージを膨らませていただくのも、おもしろいのかなって思います。

好きな色はターコイズブルー。人によって青なのか、緑なのか意見が分かれるような色が好きです。青緑って、人類全員が好きな色じゃないかと思っているんですよ。青は元々、世界的に人気の色で、各国でアンケートを取るとダントツなんだそう。それは青が空や海を連想させる色だから。対して緑は自然の色。山や森を連想できるから、共感される方も多い。人間は、それに対する憧れが強いのかなって思います。

人によっては緑のインクで手紙を書かないほうがいいって言う方もいるんです。それは、昔の流行歌に「別れの手紙は緑で書く」というような歌詞があって、変なジンクスができちゃったからだそうですよ。でも、都市伝説みたいなもので、実は全然失礼じゃないんです。だから誰かに手紙を書くときには、そのインクを選んだ理由を書き添えています。思いがあって選んだ色だってことが伝わると、よりいいですよね。

突き詰めることで思いは届く

僕は根っからの凝り性なんです。音楽も大好きだから、この人が好きとなれば、過去のCDも全部聞かないと気がすまない。中学1年生のときからファンを続けているユーミン(松任谷由実)はオリジナルの400曲以外に彼女がアーティストに提供した曲もすべて聞いています。去年は、コンサートに31回参加しました。かなりフリークだと思います。

突き詰めないと気がすまないのは、父譲りでしょうね。作家の山田詠美さんを好きだから研究したいと父に話したときに「まずは年表を作りなさい」って言われたことがあって。雑誌に掲載された初出を調べて、すべてデータ化しなさい、と。それで国会図書館に行って、すべて調べたんです。すると、本にはなっていないエッセイがあることがわかりました。

ファンレターを書いたことがきっかけで詠美さんにお会いする機会をいただき、そのときにその一覧をお見せしたら「私のことは健ちゃんに任せたから」って(笑)。お仕事もご一緒させていただけることになりました。

大ファンの方にお会いできたり、趣味の文具が仕事になったり、僕はラッキーだっただけかもしれません。だけど言い続けることは大事ですよね。万年筆もインクもここまで流行っていない時代から好きだと発信していたし、「誰が読むんだろう」って思いながらブログを書いていましたから。「インク沼」なんて言葉が登場するほど話題になって感慨深い思いでいっぱいです。

話題になった頃からずっと、ブームで終わらせたくはないと思っています。当初は一過性のものだと危惧されていましたが、ガラスペンが出てきたり、まだまだ続きそうなのは嬉しいです。

10年前の自分がこのブームを想像できていなかったように、この先どう変化していくのかはわかりません。ただデジタルとアナログの両方を使う方が増えていったらいいなとは思っています。例えば、今はスターバックスにいる100人の中に、万年筆を使って字を書いている人が1人いればいいほうだと思うんです。それを20人、30人に増やしていきたい。「こんなに万年筆ユーザーが増えたんだ」って目に見えてわかるぐらい融合した世界があるのは僕の夢でもあります。

 お気に入りの1本:笑暮屋/立竹

竹の節を思わせる万年筆です。最近は笑暮屋さんの万年筆を気に入っていて、オーダーで作っていただきました。自己責任ではありますが、ラメインクにも強い。万年筆のペン先からラメインクが出てくるのがおもしろいんです。

 

PROFILE

武田健

万年筆インクマイスター。文具ライターとして、万年筆、インクについて記事を執筆。ガラスペンのコレクターでもある。著書は『和の色を楽しむ 万年筆のインク事典』(グラフィック社)『はじめてのガラスペン』(実務教育出版)など。「マツコの知らない世界」(TBS系列)への出演経験もある。

 

 (取材・文/中山夏美)

 

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