【前編】高畑正幸/文具王「文房具という道具を使って、面白いことをしてみよう」
万年筆を愛する方に、その出会いと魅力についてお話していただく「Life&Pen」。第30回は、文具王として知られる高畑正幸さんです。前編後編でお送りします。
職業:文具王
保有万年筆:約30本
愛用品はキャップレスタイプ
ーーー高畑さんは、大学在学中に出演した『TVチャンピオン』(テレビ東京系)の「文房具通選手権」で3年連続優勝をして文具王になったんですよね。その頃にはすでに万年筆も使われていたんですか?
「少しだけ中高生時代も誰かにいただいたりして持ってはいたけれど、実際は全然使えてはなかったです。使うようになったのは、大学生に入ってからなので、最初に自分で買ったのは、PILOTのキャップレスの万年筆です」
ーーーキャップ式が主流ではありますが、キャップレス派もけっこういますよね。
「普段使いしたかったから、ボールペンと同じ感覚で書けるということでキャップレスにしました。このカタチが好きで、とくに僕が最初に買った時代のデザインが好きなんです。ストックも含めていくつか持っています。キャップ式も持っていますけど、結局よく使うのはキャップレスばかりかな」
ーーー他の万年筆も含めて、何本くらいお持ちなんですか。
「気に入っているのは30本ぐらいだと思います。ボールペンに比べるとすごく少ないです。金ペンとか高いものも含めて30本ぐらい。「PILOT/カクノ」のように気軽な万年筆も入れるとしたら100本ぐらいはあるかも。実際自分が使うものだけを置いておきたいので、限られますよね。キャップレスだけは好きだから、コレクションとして買っているのだけど、それ以外は10本ぐらいをぐるぐる回しています」
ーーー万年筆は主に何用に使われていますか。
「キャップレスは基本的に持ち運び用。外で書くときに使います。それ以外に「PILOT/カスタムヘリテイジ ミュージック」は、字幅が幅広なので、手帳のタイトル用に。細かいところはシャープペンや細字のキャップレスで書いたり。「PILOT/エラボー」は、MとFを持っていて、Mはだいぶ使っているので、最初の書き味とはかなり変わりました。「ペリカン/スーベレーン」は手紙を書くのにすごく使っています。随分長いこと使っているから、めちゃくちゃ書き心地がよくなっていますね。最近、50歳になった記念に「パーカー/デュオフォールド」を買いました。まだペン先が硬いから、育てていこうと思っています」
手書き文字の中には、デジタルにない情報量がある
ーーー多くの文房具に触れられていると思いますが、万年筆の良さって何だと思いますか。
「万年筆は、ほぼ筆圧がゼロに近い状態でも書けるというのがいいところ。それでいて、けっこうなスピードを出して書いてもついてきてくれる筆記具なので、筆記具のレベルとしても非常に高い。考えていることをどんどん書いていきたい方は、万年筆派が多いと思います。インクが出てくる気持ちよさを体感しやすいですし、その色も選び放題。万年筆にしかない書き心地が存在するので『ボールペンでいいじゃん』というには、補えない部分があると思います」
ーーー万年筆は、たくさん文字を書いていても疲れにくいですよね。
「僕は考えたことをバーっと書いたりするときも万年筆を使います。筆圧がほぼいらなくて気持ちよく書けるのに、太くてハッキリした瑞々しい文字が書ける。BとかMの字幅で書いた筆跡って、他のペンではないですよね。サインペンだとだんだんペン先がヘタってしまうけれど、そういうのもない。万年筆しかできない線があるし、色の濃さがグラデーションになるのもいいところだよね。くっきりハッキリ文字が書けて、かつ、ちょっとエモい。書いたときのスピード感が現れるので、筆跡に抑揚がつくというか」
ーーー万年筆で書いた文字は、ボールペンにはない、その人の特徴が出ている気がします。
「相手に伝える手法として使うものに毛筆を頂点としたヒエラルキーがあると思っていて。毛筆→万年筆→ボールペン→シャープペンの順番の下にメールがある。何の順番かというと古いほうが上になっています。新しい道具を作るときって、誰が使ってもちゃんと使えるものにします。誰が使っても失敗しない、同じように書けますよっていうもの。だから、あとからできたもののほうが扱いやすいけど、個性が出しにくくなります。毛筆とかって、表現力が豊かだけど、使い方は難しいじゃないですか。扱いになれるまでに時間もかかる。慣れないと上手に書けないし。でも慣れると、その人らしい文字が書けたり、雰囲気が伝えられます。それはボールペンよりも表現力が強いし、文字に込められた情報量も多い。ボールペンで書いたものは、二次元の図形ではあるんだけど、太さがほとんど変わりません。万年筆だと太さが変わったり、色が最初と最後でちょっと違っていたり。同じ紙に同じ文字が書いてあっても、全然違うものですよね。それが毛筆だとさらに違います」
ーーー同じ内容でもメールでもらうと冷たいように感じるときがあります!
「人って単純に書いてある文言だけを読んでいるわけではないんですよ。例えば相田みつをさんの『つまずいたっていいじゃないか、人間だもの』という言葉がありますが、あれはメールのテキストで見るより相田さんの毛筆の書で見たほうが感動するでしょう。もちろんいい言葉だから、ないよりはずっと感動するけど、毛筆で書いてあるから、ワッと思うわけじゃないですか。文字からは「文字だけ」を読んでいるのではなく、そこに投影された手の動きを見ているし、どう感じて書いたのかを読み取ろうとしちゃう。下手かうまいかもわかるけど、それもその人の個性。慣れてませんっていうのも伝わるけど、悪いことではないですしね」
ーーー手紙を用意してくれた時点で自分のことを考えてくれたことが伝わりますよね。
「どうやったって時間がかかっていますしね。それを書くまでにかかった時間や気を使ってくれたこと、丁寧に書こうとしてくれたかどうかもわかるじゃない。メールだと、極論を言えばAIが書いたかどうかすらわからないじゃないですか(笑)。相手が自分を思って書いてくれたように、受け取ったほうも文字を読む間、相手のことを考える。とてもいい時間ですよね」
面白がり方のコツを知ることが重要
ーーー高畑さんは、どの文房具も実際に使われているから説得力がありますよね。
「万年筆もガラスペンも道具なんです。使わなければ、意味がない。美術品や彫刻であれば、飾って置くだけで意味かもしれませんが、文房具っていうのは、そうではなくて道具。使ってみて良さが出るので、使うことのおもしろさを知ってもらう必要があると思っています。新しい使い方を自分で生み出す人はそんなに多くはないから、こういうのもあるよっていうのをYouTubeなどで例として見せています。言われてみればやりたくなるっていう方が多いと思うので」
ーーー商品パッケージやシールをノートに貼られていますが、花粉症の薬のパッケージとか、なんだか集めてみるとかわいく見えてきたりします(笑)。
「そうそう。だから、どうやったら面白がれるか。面白がり方のコツが本当は重要で。それさえわかれば、紙袋でもいいし、パッケージでもいいし、何でもいい。こうやったら面白くなるんだよねっていうコツを知っていると日常が面白くなってきます。ただ捨てていたものがちょっと面白くも見えてくる。そういうのが、面白がり方のコツでもあるし、大げさにいうと、幸せのコツでもあります。文房具をいっぱい持っているのは確かにすごいけど、コツがわかればお金をかけなくても楽しめるので、そこが面白いんですよ」
ーーー文房具とかって買って満足しちゃうっていうのもあります。
「とくに万年筆とかの高級筆記具は大事にしすぎちゃうんですよね。ボールペンが主流の時代なので、万年筆って趣味のものだし、とくに大人の趣味ってイメージも強い。昔から万年筆を愛でている人ってお金を持っている偉い人って印象もあるじゃないですか。でも、そうじゃなくてさ。もっと気楽に使っても楽しいんだよってことを伝えたくて。僕は手入れの仕方も推奨されているものは、普段使う方には大げさなんじゃないかと思っているんですよ。着物とかも同じで『特別なもの』、『豪華なもの』、『高価なもの』と言い過ぎた結果、普段使うという発想がなくなってしまった。当然、傷つけたくないものもありますが、普段使いしやすいものもあって。僕はその中間を提案できればいいのかなと思います」
ーーー高畑さんはインク交換の仕方も、簡単にできる方法を提案されていますよね。
「面倒くさいよね、難しいよね、扱いが怖いよねって思っている方に『大丈夫だよ』って言ってあげるのも僕の役割。万年筆コレクターというほど持っていないし、シビアな話もしません。もっと実用的に考えてもいいのかなって思うんです。ペン先の調整をしてもらったらキレイに書けるようになるけど、普通に5年ぐらい使ってたら、いい感じに書けるようになりますからね(笑)。エイジングとか経年劣化とか加速させようとする人がいるんだけど、そんなことしなくても、時間が経ったら勝手にするからっていう」
ーーー調整するのがステイタスみたいなムーブもあるかもしれないですね。
「日本製の万年筆は品質がいいので、どれを買ってもちゃんと書けます。そのままで十分です。特別な書き方を望んでいる人とか、どうしてもハズレを引いちゃった人は直してもいいけど、普通に使うなら調整は不要ですよって僕は思っています。『万年筆の楽しみ方はこれです!』って言いすぎないほうがいいのではないかなって考えています」
↑オリジナル文具のひとつ。万年筆のインク補充を簡単に、無駄なくできるノズル付きボトル。
今1番、楽しいと思えるもので書く
ーーーフォントのように字が上手ですよね。字の勉強はされているんですか。
「美文字を書きたいわけじゃなく、活字のような文字を書きたいってところから入っていていますし、どれも自己流です。学生時代からゴシック体のような間違いのない文字を意識して、縦横がハッキリした文字をノートに書いていました。たくさん書いていれば、うまくなりますよね。だんだんそれっぽい字が書けるようになります。最近はもうちょっとカリグラフィーっぽい文字を書いたり、書道っぽく書いたりを楽しんでやっています」
ーーー文字だけじゃなく、絵もうまいのはどうしてですか。
「小さい頃から図画工作が好きだったからでしょうか。でも人物は描けないし、キャラクターも描けません。お話も作れないので、漫画も小説も書けない。僕の絵は図面に近いと思います。工学部なので、図は得意なんですね。わかるようには書けるけど、美しいかどうかは別。メーカーのロゴも真似して描いているだけなので」
ーーー観察力があるということでしょうか。
「学生のときは字が汚なかったんですよ。だから意識して書き続けていたら、上手になっていきました。急に上手になったわけではないです。字を書くときに、正しい字、書きたい字を見るのもそうだし、自分で書いているときに、ちゃんと見ながら書く。そうすればうまくなります。単純にみんな書いてないだけだと思うんです。明治や大正時代の書簡とかを見ていると、みんな字がうまい。その頃って、ちょっとしたメモから正式な文章まで、100%手書きだったわけじゃないですか。毎日書いている。上手い下手はともかく、書き慣れた字にはなります。みんな書き慣れてない字が下手だと思っているだけで、書き慣れてくると、それなりにうまそうに見えてくると思います。普段から字を書いているかどうかで変わりますよ」
ーーー1日にどれくらい書いている時間があるんですか。
「いつも持っている1冊があって、用件とかをメモっています。毎日1ページ書こうと思って挫折したノートもありますよ。原稿を書く前やYouTubeを撮影する前に、テーマや構成を決めるラフは手書きです。いっぱい書いては、いっぱい捨てるみたいな。日常的に書いているのは、そういうものが多いです」
ーーー何で書くとかは決まっているんですか。
「ペンは決まっていなくて、書きやすかったり、そのとき気持ちが良くて使っているものかな。新しく買ったペンや新商品の試し書きも兼ねています。今は、構成を考えるときは黄色いコピー用紙に自分で作ったフォーマットをコピーして使っています。黄色い紙にしているのは、他の紙と混ざらないから。人からもらった紙は白いので、黄色はすぐに見つかりますし。便利フォーマットは自分で作ったり、自分が使いやすいように改造します。でも、あまり細かいルールは作りません。ダメなのは自分が作ったルールに縛られて、自分が面白くなくなること。誰にも『こうしろ』と言われていないのに、それを守りすぎちゃうと楽しくなくなります。どのペンで書こうがかまわない。自分が楽しいと思っているペンで書けばいいし、しっくりきている紙に自由に書けばいいと思います」
アナログもデジタルも両方こだわりたい
ーーースケジュールは手帳派ですか。
「いえ、Googleカレンダーですよ。細かい時間が変更になったり、今はウェブ会議も多いので、URLを入れておきたいですしね。正直、デジタルかアナログかはどうでもいいこと。使いやすければいいし、面倒くさければ使わないし」
ーーートークショーのときも手元カメラを使われていたり、デジタルにも強い印象があります。
「万年筆にこだわりを持っているのに、パソコンのキーボードには無頓着だったり、反応の悪いマウスを使っている人がいるじゃないですか。私はそういうの絶対許せないんですよ(笑)。だって、万年筆のインクフローがどうこうっていうなら、マウスの滑りだって重要でしょう? 万年筆以上に字を書いているキーボードのキータッチにこだわってよって。デジタルになった途端に何もやらない人がいるけれど、それは変じゃないのって思います。僕はキーボードもマウスもいいものを使っていますよ。万年筆に10万円払えるなら、キーボードだって買えるんだから。キーボードを何個か持って、仕事中に気分を変えたいときに交換したっていい。こだわりを持つってそういうことだと思うんですよ。自分が気持ちいい、楽しめることって意味では、連動していますよね」
ーーー確かに…。
「最終的にアウトプットが面白いっていうのが重要だから、いかに自分の中からスムーズにアウトプットが出てくるかが大事。何かを生み出すために1番有効的な方法を使えばいいと思っています。それはデジタルでもアナログでも、どちらでもいいです。万年筆を1本しか持っていませんって人が書いた文章が感動的であったり、世界を変えることだってあるわけですよ。万年筆はあくまで道具なので、使ってこそ。使って何か面白いことができたり、素敵な何かができてこそだと思います」
※後編に続きます