金曜日の文具(第26回/武田健の『和の色を楽しむ 万年筆のインク事典』)
八文字屋は本屋ですので、OnlineStoreの文具関連本もこれからどんどん充実させていきたいと考えています。
今日ご紹介するのは、文具ライターの武田健さんの新刊『和の色を楽しむ 万年筆のインク事典』です。
昨年発売された『美しい万年筆のインク事典』の第2弾。
前作と同様、コンパクトなハンディサイズながら、約700色の万年筆インクの色見本をずらりと掲載。
前作は、舶来メーカーの定番インクなども数多く取り上げられていましたが、今回は「和の色」「日本の伝統色」というテーマでまとめられていますので、すべて国内のインク。
インクに込められた背景もより掘り下げられて紹介されています。
巻頭の綴じ込みは、メーカー別というより、ほとんど販売店別の色見本帖。
ご当地インクや販売店オリジナルのインクを中心に紹介されているのが、この一覧からもわかります。
万年筆やガラスペンの基礎的な知識、インクの使い方から手入れの仕方まで載っているので、入門書としても最適です。
ちなみに前作はゴシック体だったのですが、今作はテーマに合わせて明朝体に。
本書は大きく二部構成になっていて、前部では「小豆色」「濃紅色」「今様色」といった和色のインクを、7色(赤・黄・青・緑・紫・茶・黒)に分類してまとめています。
後部では、節気や季節ごとの行事に合うインクを、春からに冬まで順々に紹介しています。
主なモチーフなっているのは、歴史、風景、建物、人物、動植物、食べ物、飲み物、詩歌、絵画、文学など、様々な名所・名産・名物です。
類似色がならべて掲載してるので、色味の微妙な差異も比較できます。
こうして見ると、色やモチーフが似ていても、どれも「違うもの」だとわかります。
色味が近くても濃淡の出方に差があったり、逆にモチーフが同じでも色味が異なっていたり。
たとえば、梶井基次郎の『檸檬』をモチーフにした山吹色のインクは丸善からもペンハウスからも出ていますが、ペンハウスの方は作品の陰鬱みたいなものがより投影された暗めの色になっていて、制作者の思いやイメージがクリアに見えてきておもしろいです。
「桜」などの人気の花、「夜」などの時間をテーマにしたインクなどは複数出ていますが、やはりそのひとつひとつが異なる表情をもっています。
その場所、その時間だけの移ろいゆく一瞬をそれぞれが見事に切り取っていて、しかしその一方では、インクの濃淡が移ろいや揺らぎ自体を表現しているようにも思えます。
日本では、古来より繊細な色の世界を見出し、暮らしの中に多彩な色合いを取り入れて、その豊かな情趣を愛でてきました。
「和の色」という軸を一本とおすことで、昨今のインク沼ブームが伝統的な文化的営みの延長線上に見えてくるようです。
セーラー万年筆のインク工房も、数字だけのそっけない名前ですが、本書では武田さんによって色味の中に情景を見出されています。
前作以上に、色合いだけでなく、書きながらインクの世界観をいっしょに楽しみたいという人の琴線にふれる内容になっていると思います。
また、インクの色見本はウェブ上でもたくさん見れますが、どうしても個々のディスプレイ環境などによって色合いが変わってしまうので、実際に近い色味を確認したいときは、こういう本が一冊手もとにあると便利です。
このシリーズは「インクの色味を忠実に再現」することにかなり気合を入れているようで、武田さんがひとつひとつ手作りでつくった色見本帖をもとに、色校を何度も繰り返して、色味が正しく印刷されているかどうか細かくチェックしているとのこと。
カラー事典としての実用やインク沼の物欲を刺激されるだけでなく、ひとつひとつの色に込められたテーマやストーリー、モチーフになった様々なものに想いを馳せながら読めば、豊潤な読書体験にもなる一冊です。
(小口の華やかなデザインがざっくりとしたインデックスに)
八文字屋本店・OnlineStoreで取り扱い中です。
(文・写真 ナガオカ)