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なかむらるみ/イラストレーター「万年筆は『書くのが面倒くさいな』を楽しくしてくれる存在です」

万年筆を愛する方に、その出会いと魅力についてお話していただく「Life&Pen」。第27回は、イラストレーターをされているなかむらるみさんです。

職業:イラストレーター
保有万年筆:1本

挫けそうなときも「絵を辞める」選択肢はなかった

絵を学びたいと思ったのは高校2年生の受験シーズンに突入してから。東京大学を目指す人ばかりの進学校に通っていましたが、思うように成績が伸びず、悩んでいた時期でもありました。居場所がないようにも感じていて、私にしかできない別の道を探すしかないと考えたときに思い出したのが、絵でした。

そこから予備校に通い、一浪して武蔵野美術大学に入学。デザイン情報学科に入り、広告デザイン、絵画、3Dなど、情報とデザインに纏わるさまざまなことを学びました。

就活が始まると、また次の道に困ってしまいます。最初に夢見ていたのは、大手広告代理店。企業広告全盛期の頃で、日清やキューピーなど大手企業が手掛ける広告は度々話題になるほどでした。でも、アルバイトも異常に苦手な私が面接をうまくクリアできるわけもなく、早々に次の道を模索し始めました。

何かでイラストレーターという道を発見し、「絵を仕事にする」と決めてからは迷いはありませんでした。そうは言ってもすぐに仕事がたくさんもらえるわけでもないので、苦手なアルバイトをしながら出版社やデザイン事務所に営業に行き、4年間ぐらい下積みを経験しています。営業先では、キツイ言い方をされることもあって、泣きながら帰る日もありました。それでも辞めようと思わなかったのは、自分の絵に自信があったからだと思います。

子どもの頃からおじさんに好印象を持っていた

イラストレーターとして最初に大きな仕事を頂いたのは、作家の泉麻人さんの連載に使う挿絵でした。週刊の仕事だったので、ある程度まとまった収入になると思い、アルバイトも辞めました。その後、小学館に務める友人から「おじさん図鑑を作ってみない?」とお誘いを受けて、初めての書籍制作が始まりました。

子供の頃から、親戚のおじさんや関わるおじさんといい思い出が多く、私の中のおじさんは好感度の高い存在でした。大学の卒制でも「おじさん考現学」を発表していて、書籍を発売する以前もおじさんの絵で個展を開いているんです。それを覚えていてくれた友人からのお誘いは、嬉しかったですね。

図鑑に描いているおじさんは「55歳以上」に設定しています。競馬場に通い詰めるおじさんもいれば、大企業の重役をされている方も。街で観察したり、実際にお話を伺ったり、約4年間の取材を詰め込んだ一冊です。ありがたいことにこの本がヒットしたおかげで、今もおじさん関連の仕事を頂くことが多いです。

万年筆の出会いもおじさんの影響

万年筆を使いたいと思ったのは、イラストレーターの沢野ひとしさんや、安西水丸さんが、万年筆を使われていた影響です。青いインクでおしゃれな絵を描かれていて、私もイラストレーターとしてやっていくなら、万年筆を買おう!と思いました。それで雑誌で見つけた「書斎館」という万年筆の専門店に行ったんですね。20年ほど前なので、今ほど気軽に買える場所がなく、緊張して行ったのを覚えています。

当時は重い筆記具で絵を描くのが好きだったので、グリップにゴムがついた重くて軸の太い万年筆を購入しました。メーカーは忘れてしまったのですが、マイナーなものだったと思います。店員さんにインクを使う自信がないと言ったら、カートリッジ式を教えてくれて、それ以来、ずっとカートリッジ式を愛用しています。

せっかくなので万年筆を仕事でも使おうと練習したのですが、滲んでしまって上手く描けずに断念。仕事用には、見た目だけは万年筆の「ぺんてる/プラマン」を使っています。現在愛用している「PILOT/カスタム742」は、子供の学校に提出する書類など「ちょっと面倒くさいな」というものを書くときに、気持ちを高めるアイテムとして使うことが多いです。万年筆を使うと、より丁寧に気持ちを込めて書ける気がしています。

リアルな人物像を描くには観察がいちばん!

おじさんに関わらず、人物の絵を描くのが好きです。たくさん人物を描くときに、ポーズや服装などを想像だけに頼ると、どうしてもつまらなくなるので、より解像度を上げるためにも人間観察は欠かせません。

近所の公園や役所、観光地など、気になる人を見かけるとその人たちの話しに耳を傾けちゃったりしています(笑)。マンションの理事会とかもけっこう愉快な会話に出会う確率が高いですよ。街で大声で笑っている人や怒っている人、楽しんでいる姿だけではなく、ただボーッとしている人も観察対象。例えば、真面目そうな服装なのにちょっとした小物からハードな趣味がにじみ出ていたり、人間観察は奥が深いんですよ(笑)。物の収集クセはないですが、人物の収集は大好きです。

子供が産まれて、初めてママ友ができたときも衝撃的でした。女の人は、主婦、母親、仕事と色んな顔を使い分けています。多面性と協調性がすごい。LINEのやり取りでも、お母さん同士の気遣いが素晴らしくて。ママ友同士って気心がしれているようで、深くは突っ込んだりできない絶妙な関係なうえに独特のルールもある。そこに上手く順応していけるのは、女性ならではの特性だと思います。それを間近で感じたのは母親になったおもしろさのひとつです。逆に男親はそういう関わりが苦手な人も多いから、女性の強さも感じています。

今、私が興味のあることは焼き菓子と掃除なんですけど(笑)。でもそれを極めている人はたくさんいて、みんなが「いい!」と思うものを私が今更研究しても仕方がないとも思うんです。おじさん図鑑を出版した頃は、おじさんを観察して本にしている人はいませんでした。また、そういう"世の中にはないおもしろいもの”を見つけたら、とことん観察して本を出したいですね。

お気に入りの1本:PILOT/カスタム742

最近は軽くて軸の細いタイプが好き。万年筆は、「やりたくないな〜」の気持ちを高めてくれる存在です。

PROFILE

なかむらるみ

1980年生まれ、東京都出身。武蔵野美術大学造形学部デザイン情報学科卒業後から、フリーのイラストレーターとして活動を始める。雑誌、広告などで人物イラストを数多く担当。著書は『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)など。近著は『かっこいいピンクをさがしに』(福音館書店)。

HP:https://www.nakamurarumi.com/

 

(構成・文/中山夏美)

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