多田智/神戸派計画マネージャー「考えをまとめるのも万年筆で"書く”派になりました」
万年筆を愛する方に、その出会いと魅力についてお話していただく「Life&Pen」。第14回は、ステーショナリーブランド「神戸派計画」でマネージャーを務める多田智さんです。
職業:神戸派計画マネージャー
保有万年筆:約10本
最初の商品は1冊5,000円のノート
ぬらぬら書く万年筆専用紙製品「GRAPHILO(グラフィーロ)」などのステーショナリーを展開する神戸派計画でマネージャーをしています。具体的には、自社商品の企画開発、卸先の開拓、OEMやノベルティもお受けしているので、その製品提案。ほかにはオンラインショップやポップアップショップ含め、出店の管理も担当しています。
神戸派計画は神戸にある大和出版印刷という印刷会社が運営。僕も入社してから印刷会社の営業として、ポスターや広報誌を作ったりしていました。OEMを担当していると話しましたが、オリジナルノートなどの製造は広い意味で考えれば印刷物なので、今も印刷業務の仕事は継続しているといえますね。首都圏の印刷会社と違って、地方の印刷会社は請け負う仕事の種類が多いんですよ。取引先の要望があれば名刺、封筒、パンフレット、ポスターまで、なんでも作ります。神戸本社の営業担当者にはチラシを作るだけでなく、イベントそのものを受託している人もいました。最終的に印刷の仕事を受けるための間口を広くした結果ですね(笑)。
製造業界のトレンドだったのか自社ブランドを持つところが増えてきて、弊社も取り組もうと始めたのが神戸派計画です。ノートを作ることは印刷会社の設備やノウハウからすると、そんなに難しいことではなかったので、それを活かして文具業界にありそうでなかったものを作っていこうというのが立ち上げの経緯になります。
まだ神戸派計画というブランド名になる前に1冊5,000円のノートを数量限定で作ったのが、最初の商品です。僕たち"いい紙”は知っているけれど、クライアントワークで提案しても値段が高いから通らないことも多くて。自社で作るんだったら自分たちが好きな要素を詰め込んで作ろうということになり、万年筆の筆記特性がとくにいい紙を選んだんですね。印刷会社として入手できる白い紙を片っ端から試し書きして選んだのが「バガスP70」という紙。さとうきびが混ざっている紙で、すごく書きやすいんです。運良く売り切れて増産しようってなったときに、その紙が廃盤になって手に入らなかったんですよ。それで自分たちで紙を作ることになって生産したのが「Liccio-1」です。でもこれもまた増産のタイミングで紙を作る機械の設備更新がありました。同じレシピでも違う機械で作ると、まるで別物が出来上がってしまって…。それで新しく紙を作り直そうと本格的に動き出したのが「GRAPHILO」なんです。
文具好きが集まる朝活で営業活動
2014年に僕ひとりだけの東京営業所が誕生し、はじめの頃はひとりでシェアオフィスを借りて活動していました。東京には取引先もなかったので、飛び込みで営業に行ったり、大変でしたね。徐々に取引先もスタッフも増え、2020年1月に神戸派計画として東京の拠点となるショップ兼オフィスを新設しました。
当時、営業活動のひとつでやっていたのが、万年筆ユーザーの集まりや文具好きのコミュニティーに積極的に参加すること。自分の文房具を紹介する朝活とかやっているんですよ。朝早くに渋谷のカフェに集まって、最近買った文房具を紹介する会(笑)。順番に話していって自分の番になったときに「実は僕、文具メーカーの人間でして…」と自社商品を紹介していました。
大型店の文房具売場で「どうやったら商品を置いてもらえますか?」と直接スタッフに聞いたこともあります。アルバイトの子に「わかりません」って言われたり。SNSで自社商品を使ってくださっている方をプリントアウトして、文房具店に持っていき「注目されているんですよ」と営業したこともありましたね。その地道な営業から、文房具の展示会を知り、問屋さんを知り、少しずつ広がっていった感じですね。
万年筆が打ち合わせのアイスブレイクに
万年筆に初めて触れたのは、営業先でした。まだ神戸で働いていた頃「Pen and message.」という万年筆の専門店を担当したときです。お店で使う名刺やショップカード、ウェブサイトの作成も僕が担当しました。無事にオープンした記念に「1本買わせてください」っと店主に選んでもらったのが最初の1本ですね。
店主が選んでくれたのは「セーラー/プロフィット21」。当時の僕は基本デジタル人間で、スケジュール管理も文章をまとめるのも手書きにすることはありませんでした。ましてや20代前半のサラリーマンが1本2万円の万年筆を買うのは、かなりのハードル。せっかく買ったからもったいないし、使うじゃないですか。無理やりにでも手書きをするようにしていました。
最初は不便で(笑)。だけど、打ち合わせのときなんかに万年筆で書いているとテーブルの向こう側にいるお客さんの反応が違うんですね。「それなんですか」とか「懐かしいわ」とか、関西だから余計かもしれないですけど、ツッコミを入れてくれるんですよ。それがいいアイスブレイクになって、おもしろいなって。書き心地やストレスのなさもわかってきて、それからずっと使い続けています。
豊かに生きるきっかけになる文房具
打ち合わせのメモもそうですし、考え事をまとめたりするのも万年筆になりました。「考えをまとめるノート」については、使い終わったら本棚に入れてとってあります。日付だけは入れるようにしていて後々活きるネタであったり、今悩んでいることが前に書いたことの延長線上にある考えとかもあって。見直したときに「だからあの時、この考えは辞めたんだった」と立ち返ることができるんです。性質としては日記に似ているのかもしれないですね。
ノートに書くときに万年筆以外も使ったことはあるのですが、ペン先と紙の間にガリガリした感じがあると、多少気になってしまって。考えが削がれている気がするんですね。できるだけ何のフィルターもなく、考えを紙に書きたいときに、スムーズにぬら~っと書ける万年筆と紙がベストなんです。
キーボードでも同じことが言えて、キーストロークしている間にちょっとずつズレてくるんですよ。頭で考えているスピードと書いているスピードが違うことが苦手で。万年筆じゃないとしたら、ボールペンよりえんぴつがいいですかね。違和感がない気がします。でも短くなったり、ペン先の幅が変わってくるストレスがあるので、やっぱり万年筆がいいです。
主に使っているインクは、緑と紫。ブルーブラックや黒だと少し重たい気がして。読み返したときに気持ちが明るくなる色を選んでいます。
僕自身もそうだったんですけど、いきなりポンっと万年筆を渡されても書くこと自体を忘れているんですね。何を書いていいのかがわからない。だから、とにかく手と万年筆を動かしてみるというのが大事かなって。書くことへの抵抗感をなくしてやるのが最初の一歩な気がします。極端な話、線を引くだけでもいいし、落書きでもいい。万年筆を使う敷居を下げたうえで改めて考えてることを書き留めれば、楽しくなっていくかと思います。
万年筆が好きな人って、何かを愛でたり、丁寧な暮らしを心がけていたり、豊かに生きようとしている人が多い気がします。僕はそういう人に憧れますし、好きなので、自分も万年筆を使うことでその人たちと繋がりが増えていったのも、よかったことのひとつです。
お気に入りの1本:ヴァルドマン/タンゴ 万年筆 ルテニウム
書き心地はもちろんのこと、シルバーの軸が気に入って買いました。僕は手が大きくないので、ちょっと軸が細めを好んで使っています。
PROFILE
多田智
神戸派計画マネージャー。「GRAPHILO」を始めとするステーショナリーブランドの企画、PR、販売などを担う。万年筆愛用歴は約16年。万年筆を使い始めて完全デジタル派からアナログ派になった。
神戸派商店 表参道office & shop https://fromkobe.jp/?mode=f10
(取材・文/中山夏美 写真/yoshimi)