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いくたはな/漫画家・イラストレーター「気持ちをカタチにすることで漫画家になれました」

万年筆を愛する方に、その出会いと魅力についてお話していただく「Life&Pen」。第6回は、漫画家・イラストレーターのいくたはなさんです。

 

職業:漫画家
保有万年筆:30本

 

字が下手なことがずっとコンプレックスでした

6年ほど前から子育てのことや夫婦での出来事を漫画にしてInstagramに投稿。それがきっかけで漫画家としてデビューいたしました。元々「書く」という行為がすごく好きで、自分の考えは何でもカタチに残しておく派。例えば、手帳は仕事用には仕事のスケジュールを。自分の目標や1年間のうちで叶えたい願いなどを書く手帳は別に1冊。それ以外に、趣味用に好きなジャンル別の手帳をいくつか使っています。購入した推しのステッカーを貼ったり、気になった記事をスクラップしたり、何かを鑑賞したらそれの感想を書き留めるのも、その趣味用手帳です。

仕事、漫画、4人の子供の育児、家事をこなしながらできた隙間時間は、すべて書く時間にあてています。ひと休憩のときにもメモしますし、子供が遊んでいる間や台所に立ちながら、そのときの感情や思い浮かんだ漫画のネタを書いています。

ペンと紙で書くと、いろんな発想に近づくんですよね。パソコンやタブレットで書いたときは身に入らなかった内容も、アナログだとストンと頭に入ってくる。自分の気持ちを知るためにも、必要な時間だと思っています。

でも私はずっと字が下手なことがコンプレックスなんです。Instagramに自分の日記を掲載するようになって、見てくださる方が増えてくると「クセ字がひどくて読めない」というコメントをいただくようになって…。悪質というより「解読しようとしているけれど、読めなくて困っている」と。それ以来、字はかなり丁寧に書いています。絵よりも字のほうが時間をかけていることもあるぐらいなんですよ。

だから初めは、万年筆を使う勇気が持てなかったんです。出会いは3年前。いつも文房具を買いに行くお店のボールペンコーナーにたまたま万年筆が置いてあったことでした。そこにあったのは「PILOT/カクノ」。万年筆といえば、会社の社長になるような人が使う敷居の高い文房具のイメージ。私みたいに字が下手くそな人が使っていい文房具ではないと思っていたんです。

だけど、この万年筆は見た目もかわいくて、一見すると万年筆とは思えないようなデザイン。価格もそこまで高くなかったので「えいやー!」と買ってみたんです。

それで字が上手になったわけではないんですが(笑)書くことがもっと楽しくなりました。万年筆を使って、字をじっくり書くことが私にとって“落ち着ける時間”であることを実感。それから漫画のネタも日々のあれこれも万年筆で手帳に書いています。その書き味が楽しくて、一気に万年筆を好きになっていきました。

所有している30本は、数本保存用でインクを入れてないものもありますが、それ以外はフル稼働。SNSに載せるための「見せる日記」は、タイトルには字幅の広い万年筆を使ったり、目立たせたいときには違うインクを入れた万年筆にしたりと、デザインして書いているので、4、5本は使うんですね。愚痴や弱音をとにかく吐き出したいときは、基本1本で書きます。気持ちが紙に表れていますね(笑)。

旅行中に漫画のネタを書き留めることもあるので、そのときはシステム手帳に収まるサイズの万年筆を使います。サイズがマイクロ5のシステム手帳に合うのは、「セーラー/プロフェッショナルギアミニ」か「カヴェコ/スカイラインスポーツ」のミニタイプ。フタがねじ式で、液漏れの心配もありません。

万年筆で絵も描きますが、字幅が広くなければ描きにくいことはないですね。インクはブルーブラックかグレー。グレーは薄い色を選んで、絵の下描き用に使っています。

旅先では、必ず町の文具店に寄ってインクをチェックします。最近はご当地インクがたくさんあって、その土地の名所となっているサクラの色であったり個性的なものが多いんですよ。私が住んでいる新潟でも、印刷屋さんが経営されている文具店でオリジナルを販売されていて、すごく気に入っています。

日記を書くことで人生の幅が広がりました

SNSで発信している育児記録や夫婦関係は、昔の日記を読んで出てきたネタなんです。『夫を捨てたい。』(祥伝社)の原型となるInstagramの漫画を配信し始めたときは、夫とはすでに良好な関係のとき。本当に辛くて、しんどいときに自分が欲しかったものは、他人も欲しいものなんじゃないかとやり始めたのがきっかけでした。日記は自分の気持ちをカタチづくるためのものでしたが、経験ってレアなデータじゃないですか。育児をしたことがあっても、それを詳細に残せる人って少ない。過去の出来事はどんどん忘れてしまうことでもありますしね。カタチとして残していたことで、私はそれを漫画にすることができました。本の出版にも繋げられて、今は好きなストーリーの漫画も描けています。だから、日記を書いておくといいことがあるかもしれませんよ。

漫画のタイトルとなった「夫を捨てたい」と思い悩むほどに辛い時期もありましたが、結婚して10年が経ち、今やっと本当の家族になれたと思っているんです。「男性は結婚しても変わらない」と言われることもあると思いますが、例えばもし女性と結婚していたとしても、他人なのでやっぱり相手が自分の思った通りに動くわけがないんですよね。恋人だったときにはフィルターがかかっていますし、自分も相手もいいパフォーマンスをします。そこのギャップの処理がうまくできず、理想とのあまりの違いにガッカリしてしまう。とくに産後は、睡眠不足やら慣れない育児で明らかに疲れています。キャパシティが狭くなっているときに、ご機嫌でいられる人はほぼ存在しません。そのコンディションが最悪なときに相手に望むことは、わりと高望みになってしまっているのではないかと思うんです。冷静になれば理解できることも、自分が疲れ切っているから、すべて相手が悪いと思っちゃう。悲劇のヒロインフィルターがかかってしまっているのではないかと。だからといって、お母さんだけが頑張ってほしいとは思いません! 私もとにかく夫に対して腹が立ってしょうがなかったですから。ただマックスで辛くなる前の気持ちで、相手を見ないとダメだったなぁって当時を振り返ると思うんですね。

そうは言っても、今でも腹が立つことがありますし、ケンカもしますけどね(笑)。でも腹が立ったときはカラッと「ムカつく」と言っています。そうすれば相手も私も塩梅がわかるから、いい距離をとるために限界がくる前を察して対処できるようになりました。

家族になるための時間は1、2年では難しいもの。私は10年かかりました。これから10年しないと穏やかな気持ちになれないのか〜と気が遠くなる方もいるかもしれませんが、私が昔の日記を懐かしい気持ちで消化できたように、自分の気持ちを書いて吐き出して、今を乗り越えてみるのもひとつの方法かもしれません。

 

 

お気に入りの1本:LAMY/ダイアログ3

万年筆には珍しいキャップレスタイプ。書きたいと思ったら、すぐ書けるのがいいです。LAMYは、サファリも持っていて、どちらも書き心地が抜群ですね。キャップレスは、インク漏れの心配をしていましたが、一度も漏れたことはありませんよ。

 

PROFILE

いくたはな

2016年より育児経験や夫婦関係を描いたコミックエッセイをInstagramで発信し始める。大きな反響を呼び『夫を捨てたい』(祥伝社)、『こじらせ処女の初彼氏』(光文社)などを出版。現在、『鬼と夜明け』をウェブサイト「路草」で連載中。

Twitter @suitondiary Tik Tok @ikuta87

 

(取材・文/中山夏美)

 

 

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