竹永絵里/私が描いたイラストで喜んでくれる人がいることが嬉しい

『八文字屋plus+ Vol.9 春号』の表紙を担当してくださったのは、山形在住のイラストレーター・竹永絵里さん。世界の民族衣装や山形らしい景観を描いています。移住して新しく見つかった目標とは。
私が描いたイラストで喜んでくれる人がいることが嬉しい
―――子どもの頃から絵を描くことはお好きだったんですか。
竹永絵里さん(以下竹永):そうですね。幼稚園のときから絵を描いている時間が多く、小学生のときには、すでに「絵を仕事にしたい」と思っていました。かわいい洋服を着た女の子を描くと、友だちが喜んでくれるのが嬉しかったことを覚えています。
―――美術大学に進学されていますが、その後は絵とは違うお仕事に就かれたんですね。
竹永:就活時には、なぜかイラストレーターになりたいと考えていなかったんですね。当時はメーカーに務めたい希望がありましたが、私はいわゆる就職氷河期世代。
受けた会社は、ことごとく落ちてしまい……。大学の講師の紹介でコンサルタント会社にやっと就職ができたという経緯があります。
―――もう一度、イラストレーターの道を目指そうと思ったきっかけはありますか?
竹永:会社で中学生向けにキャリアプログラムを考える仕事をする機会がありました。中学生が職業体験をして、その様子を小冊子にまとめる授業です。
体験の一環としてライターさんやデザイナーさんからお話をしてもらう時間があったのですが、そのとき「私もそっち側にいたい」と思いました。一度はしまっていた気持ちでしたが、ずっと絵を仕事にしたいって気持ちが頭の中にあったんでしょうね。
その後、会社を辞めました。1年ほど絵の勉強をし直して、フリーランスのイラストレーターに。
―――絵の仕事のほうが自分には合っていると感じますか?
竹永:やっぱり絵を描くことが好きですし、仕事に対して常に前向きに取り組めています。今でも小学生のときに友だちに喜んでもらえたという経験がモチベーションになっていたりもします。
山形の魅力を多くの人に伝えたいという思いがあります
―――ご出身が九州で東京での生活も長いので、山形での生活は、文化ギャップを感じることがあったのではないですか。
竹永:移住がコロナ禍だったこともあり、しんどい時期もありましたが、今は山形に移住してよかったなと思っています。東京にいるときは時間に追われていて、せかせかと暮らしていました。
今思えば消費社会での生活に疲れていたんだと思います。子どもが生まれて地域との繋がりができたことで、さらに心地よさを感じていますね。人も優しいですし、ごはんもおいしい!
―――その暮らしが作風に変化をもたらしたりはしますか?
竹永:山形の景観含め、自然のものを描く機会が増えたように思います。子どもと外へ行くことも多いですし、自然に目がいくことも増えました。そういったものに触れることで、より穏やかな気持ちで絵が描けているとも感じます。
―――山形をモチーフにしたオリジナル商品も作られていますよね。
竹永:マスキングテープを作ったのが最初です。以前から山形はせっかく素晴らしい魅力があるのに、外にうまく発信できていないと感じていました。少しでもその魅力を伝えられたらと思い、制作しています。
―――山形出身者を代表してお礼を言いたいです…!今後、描いてみたいものはありますか?
竹永:これまで山形の景観を20ほど描きました。まだまだ山形には描いてみたい景観があります。あと今回の表紙に描いた民族衣装は、私が昔から興味のある題材。
このテーマも大事にしていきたいです。どちらも私のライフワークとして続けていけたらと思います。


取材・文/中山夏美
※本記事は『八文字屋plus+ Vol.9 春号』に掲載されたものです。
※記事の内容は、執筆時点のものです。

竹永絵里
2020年に家族のUターンをきっかけに山形市に移住。フリーランスのイラストレーターとして、書籍や広告、商品パッケージなどのイラストを手掛ける。「いくべ!山形」と題して山形の魅力をイラスト化し、冊子や雑貨といったオリジナル商品も販売。著書は『美味しい!可愛い!大人の台湾めぐり』(産業編集センター)など。