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世界の本屋さん 台湾・台北編〈郭怡美書店〉

台北市内にある「迪化街(てきかがい)」。19世紀中頃の清朝末期に貿易や船荷を扱う商店が増え、貿易の中心地として栄華を極めた街だ。いまでは当時の建物がリノベーションされ、乾物や漢方薬の専売店や、観光客向けのカフェやゲストハウスが立ち並ぶ観光地でもある。

日本統治時代の1922年に建てられた、木造3階建ての赤レンガ造りの建物には、いまもなお「郭怡美商行」の看板が現存する。

「祖父の会社」を書店に36歳からの転機

台北の歴史ある商店街・迪化街の一角に、一軒の書店がある。その名は「郭怡美(グオイーメイ)書店」。2022年にオープンしたこの店は、かつて貿易業で栄えた「郭怡美商行」の建物をリノベーションしたものだ。

1932年の街区図とリノベーション時の写真。このほかにも、建物の構造や意匠の図解、建材の展示など、往時を伝える資料が多数飾られている。

実は、郭怡美商行はオーナーの郭重興(グオ・チョンシン)さんの祖父が興した会社だった。郭さんの幼少期、郭怡美商行は飛ぶ鳥を落とす勢いで、迪化街でその名を知らぬ者はいなかったという。

郭さんは幼少期から迪化街で育った。ところが時代の流れとともに郭怡美商行は経営難に直面し、建物も、自身が住んでいた家も売却されることになる。祖父の資産のおかげで働かずに過ごせていた郭さんも、36歳にして働かざるを得なくなった。遅咲きの社会人となった郭さんが初めての職場として選んだのが、出版業界だった。

台湾版「ニュートン」の編集部や、出版グループ「読書共和国」の経営にも携わり、経験を積んだ郭さんは、2022年、郭怡美商行の建物を賃借する形で書店を開業。いまでは台湾最大級、蔵書数も国内屈指の独立系書店として知られている。

店長を務める趙偉仁(ジャオ・ウェイレン)さんが、こうした歩みを語るかたわら、店内を案内してくれた。

「1階は台湾の作家や、歴史、文化の本がメインで、カフェを併設しています。2階は国外の作家の本と、家族でゆったり過ごせる児童書のフロア。3階は文具コーナーと、話題の本やアート展示などの特設コーナーにしています」

台湾らしい色とりどりの提灯が空を彩る迪化街。郭怡美書店のほかにも、バロック建築が連なる街並みが美しい。

文化の継承者として伝統を活かし、今に向き合う

築百年の建物の階段には、1930年代の地図や、リノベーション時の工事の様子などを記録した写真が埋め込まれている。

一見、伝統にこだわっているようだが、店内をよく見てみると、時代の潮流を意識した取り組みも。1階に掲示しているQRコードがそうだ。

「若い人たちは、電子書籍を読むのが一般的になっています。せっかく店に立ち寄ってくれたのであれば、紙であっても電子書籍であっても、本に親しんでほしい。そんな想いから、当店の電子書籍販売ページにつながるQRコードを置いています。気になった本に出会ったら、ここから電子書籍を買っていく人も多いんですよ」

取材中、趙さんからこんな質問をされた。

「台湾人が1年間で平均何冊の本を買っているか、ご存知ですか?」

「10冊ぐらいでしょうか?」と答えると、趙さんは少し笑ってこう続けた。

「2冊なんです。あまりにも少ないですよね。経営も決して楽なものではありません。ですが、書店がなければその土地の文化は廃れてしまうんです」

郭怡美書店の出発点は、こうした危機感と理念だ。実際に、地域の文化の向上に資するような取り組みを積極的に行っている。

「地元の小学生を招き、好きな本を1冊選んでもらって、その本をプレゼントしています。いまの小学生にとって『自分で本を選ぶ』ことは、ある意味、非日常的な体験です。『生まれて初めて自分で選んだ』という子もいるでしょう。そのときに感じたワクワク感が、その子を本好きにさせるかもしれませんよね。

これを台北市で最初に始めたのは当店ではありませんが、継続的かつ大々的に行っているのは、おそらく私たちだけだと思います。

当初、学校に『子どもたちに本をプレゼントするので連れてきていただけませんか』と提案したときには、何かの詐欺なんじゃないかと疑われて、随分と警戒されたものです。2年目、3年目と続けることで、認知度も向上し、いまでは安心して送り出していただけるようになりました。

本は文化そのものです。だからこそ、次の世代に本と出会うきっかけを手渡していきたいと思っています」

郭怡美書店が大事にしているのは伝統だけではない。祖父の商行の建物を活かし、その価値を受け止めながら、新たな試みにも向き合う、文化の継承者としての使命感だ。そんな気概を趙さんの話の端々に感じた。

このQRコードを通じて電子書籍を購入すると、購入額の15%が書店に還元される。実店舗で紙の本を買うのと同じように書店を支援できる仕組みだ。
2階の一角。趣のあるレンガ壁や木製の手すりが彩りを添える、温もりのある空間。手前の書棚の中央は、腰をかけて本を読むこともできる人気スペースだ。

さまざまな人に親しまれ、ほっと一息つける場所

問屋街でもあり観光地でもある迪化街には、日夜多くの人が行き交う。

「客層は本当にさまざまですね。リピーターの方もいれば、観光のついでにふらっと立ち寄ってくれる方もいる。それがこの街で書店を営む醍醐味だと思います」

この日も、地元の親子連れや市内の大学で美術を学ぶ学生、隣町・新北市から仕事の合間か休みに訪れた社会人、欧米からの観光客など、多様な人の姿が見られた。

売れ筋を尋ねたところ、最近は心理学やコミュニケーション理論に関する本がよく売れているそうだ。「もしかしたら、疲れている人が多いのかもしれませんね」と趙さんは語る。

「ストレスの多い現代に生きる人たちにとって、この店がほっと一息つけるような場所になれば幸いです。

もともとは、本をぎっしり詰め込んだ空間にしようと思っていたんです。ところがいまでは、1階のカフェや3階の展示スペースが足を運んでくださる理由のひとつになっている。お客様の声に耳を傾けながら、心地良いと感じていただける空間を作っていきたいですね」

趙さんの想いの通り、ここには、ふっと心がほどけるような温かい空気が流れている。

にぎわいの絶えない迪化街のなかで、ともしびのように穏やかに佇む郭怡美書店。その温かく柔らかな光は、これからもこの街の未来を照らし続けていくだろう。

店長の趙偉仁さん。郭怡美書店で働く前は、迪化街でゲストハウスを経営していた。
街や商店をレトロポップな世界観で描く、台湾人イラストレーター・NUOMIさんの作品。スカイツリーや雷門のイラストがあるだけでなく、タイトルも日本語だ。
光が差し込む3階。2階と同じく、赤タイルや木の梁などの古い建物の意匠を生かしながら、本と作品がゆったりと配置されている。窓の外からは迪化街の街並みが見える。

文・写真/市川美奈子
※本記事は『八文字屋plus+ Vol.12 春号』に掲載されたものです。
※記事の内容は、執筆時点のものです。

郭怡美書店
Kuo's Astral Bookshop
103 台北市大同區迪化街一段 129號
Instagram:@kuos.astral_bookshop
Facebook:郭怡美書店

市川美奈子/Minako Ichikawa

民間企業、外務省外郭団体などの勤務を経て、2023年4月から行政機関の職員として台湾に駐在。早稲田大学第一文学部卒。台湾の奥深さに魅了され、各地のさまざまな街を旅行&取材。「海外書き人クラブ」の所属ライターとして、各種メディアで台湾の魅力を発信している。

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