【前編】山本泰三/山本紙業・代表取締役社長「紙屋からメーカーになりたいと思ってオリジナル商品を始めました」
大阪府堺市に本社を置く「山本紙業」は、「紙」の卸業者です。1972年に創業し、卸売を主軸としながら2010年にはオリジナル紙製品を発売。文具メーカーとしても世界中にファンを持っています。2代目代表取締役社長の山本泰三さんに、紙へのこだわり、文具メーカーとしての成り立ちについてを伺いました。
紙にまつわるストーリーを存分に話していただいています。

山本泰三さん
山本紙業・代表取締役社長。「日本一の紙屋」を目指し、オリジナル紙製品の販売や海外出展、イベント主催など、紙の魅力を広める活動に取り組む。
作る紙によってレシピが存在する
ーーー山本紙業は、山本さんで2代目だそうで、家業を継がれたんですか?
「そうです。父が創業した会社になります。父の家は、農業を営んでいました。6人兄弟の末っ子で、男兄弟は農業を継いだのですが、父は1人だけサラリーマンの道に。親父の姉が務めていた川端紙業に就職をしました。そこから独立したのが始まりですね」
ーーー大阪には紙の卸売業を営む会社が多いんですか?
「小さい印刷会社がたくさんあるからかもしれません。そこに紙を供給するのが僕らのベースです。印刷会社が印刷するタイミングでそれに必要な量の紙を納めていきます。 今日はこの印刷予定があるから何時にこのサイズのこの紙を持ってきてとオーダーをいただいて、納品します。紙屋なので、どの紙を言われてもある程度すぐ持っていけるように倉庫にはさまざまな紙がストックしてあります」
ーーー会社を設立された当時は、今以上に紙の需要がありましたか。
「1972年というと、経済自体が右肩上がりになっていってた時代。印刷会社さんとかも本当に忙しかったですし、 僕も小さい時から会社に行っていたんですけれども、 夜の10時、11時まで紙の断載、出荷の準備をしているみたいなときもありましたね。本、雑誌、新聞、学校で配る文集であったりとか、地元で発行している地域コミュニティ誌など、 情報を載せて広く伝達するための媒体は紙でした。 地元のスーパーが自分たちの特売商品を前の週に決めて、特売日に合わせてチラシを発行する。 地域全体に新聞紙に折り込みで入れるとかね。そういう広告の役割も紙媒体が一般的でした」
ーーー確かにインターネットが普及する前は、情報源といえば雑誌かテレビでした。山本紙業さんでは、紙自体を作っているわけではないんですよね?
「ではないです。紙は製紙メーカーが作っていて、専門商社が代理店になり、その下に僕らみたいな問屋がいます。そこから印刷会社さんとかに卸すという流れですね。中には直接和紙メーカーから購入している場合も例外としてはあります」
ーーー山本紙業さんから製紙メーカーに「こういう紙を作って欲しい」とオーダーすることはあるんですか?
「僕たちは街の印刷屋さんのお客さんが多いので、 元々ある紙を使うっていうのが大体のメインですね。 ただ例えば東京で出版社を相手に紙の流通を行なっているところなんかですと、 出版社さんがこんな紙を要望されてます、だからこんな紙を開発できないですか?みたいな話はあると思います」
ーーー以前、三浦しをんさんの『舟を編む』という小説を読んだときに、辞書に使う紙について印刷会社と何度もやり取りしているシーンが印象的でした。
「辞書だと『めくり感が欲しい』とかの要望がありそうですね。 印刷会社から紙の流通の方に話がいって、 製紙メーカーとの相談になります。紙はひとつの種類に対して大体50トンぐらいのロットで作るんですね。 辞書でいうと1冊800gぐらいとして、ザッと計算して6万2,500部。出版ならいける部数かもしれません。でも、町の印刷会社さんなんかで話が出てくるのは、やっぱりもっと小さなロットの話なんですよ。 なので新しい紙を作るってなってくると、50トンを使ってくれる話でないと作れない。 ハードルが高いですよね」
ーーーこのご時世だと、その部数は厳しい出版物もありそうです。すごく初歩的な質問なんですが、紙になる原材料というのはすべての紙で同じなんですか?
「いや、全然違いますよ。 紙によってレシピが違います。 例えば、茶封筒や白封筒は雨に濡れても破れないしっかりした紙にしたいわけじゃないですか。 原材料としては繊維の長いパルプを使いたいんですよ。 それは針葉樹なんですが、育つのが遅い。なので、封筒用は針葉樹多めで、広葉樹を入れながらミックスしてバランスを保っています。でも、育つのが遅い針葉樹を使っているので、やっぱりちょっと値段は高い。 供給も追いつかないですし、コストもかかるので、ユーカリのパルプを使うことがあります。 ユーカリは、6、7年で伐採できるぐらい早い樹木なので新葉樹よりはコストが抑えられます。紙としては多少破れやすくはなりますが、ニーズに合わせているわけですね」
ーーー各紙のレシピというのが存在しているわけなんですね!
「一般的なコピー用紙は広葉樹が多いです。コピー用紙は、長期保存には向いていません。株券、証券、契約書など、長く保管しておく大事な書類を80年後に見たときにボロボロになっていたらアウト。長期でもしっかりと残っている紙でなくてはいけません。そういうものには、和紙が使われていることが多々あります。和紙の原材料は『楮(こうぞ)』や『三椏(みつまた)』など。丈夫な繊維が使われます。戸籍台帳とかも和紙です。今はデータになってしまっているものも多いですけどね」
ーーー確か、選挙で使われている紙も特殊な紙でしたよね。
「あれはユポ紙ですね。 ユポにもいろんな種類があるんですけれど、例えばヨーグルトのカップ、あれもユポという合成紙です。お酒のラベルにもユポが使われていたり、水に強いのが特徴です。選挙用のユポは鉛筆での筆記に優れているのはもちろんなんですが、折り畳んで入れられた投票用紙が箱の中で自動で開くのが利点。4つ折りにして投票箱に入れるでしょう。普通紙だったら4つ折りになったままなんですよ。だけど、ユポの場合は投票箱の中で自動でフワーっと開く。投票用紙を開く作業が必要ないわけです」
ーーー書きやすいだけじゃないんですね!おもしろい。
「弊社でも一度、選挙のお仕事をさせてもらったことがあるんですけれども、 製紙メーカーは何枚納品して、そこから何枚の投票用紙を作りました。 何枚が印刷不良で破棄されましたというのを全部報告する必要があるんですよ。1枚でも計算が違うと、投票結果に対する信用が揺らぐので。地域振興券などもそうですね。偽造防止の紙を使ったり、ホログラムを入れとくとか。 そういう偽札を作られない技術もあります」
ーーー紙1枚にもさまざまな工夫がされているんですね。ユポでノートなどは作れないんですか?
「お風呂で読める英単語帳とか、災害マップ、ゴルフのスコアカードなんかはユポで作られたものがありますよ。雨に濡れても書ける丈夫なものとして重宝しています」
紙ごとの特性には職人技が光る

ーーー山本紙業さんでは、現在何種類ぐらいの紙をストックされているんですか。
「常備在庫を置いているのは、500銘柄ぐらいはあるかな」
ーーー500!全然知らない紙もたくさんありそうです。500銘柄ともそれぞれが違う特徴を持っているんですか。
「1冊の本を作るにしても、表紙は固めの紙にしたい、 中は薄めにしたいがあったり。同じ種類の紙でも厚いものと薄いものを準備しておくとか。 用途によって違います。 厚みによって印刷の仕上がり具合が変わりますし、この紙で印刷したらちょっとピカピカするねとか、こっちの紙で印刷するとマットな感じだねとか。500銘柄ごとの特性があります」
ーーー小説だと薄い紙でもいいですが、絵本になると、だいぶ分厚い紙が使われていますね。
「製本の仕方もありますが、絵本の場合は見開きにしやすい紙を使っています。紙の繊維の方向は普通縦向きなんです。でも絵本やグラビアがメインの本になると、本の中心であるノドが丸まってほしくないんですよ。 ペタンと見開いてほしい。その場合は紙の繊維の目を横に走らせるんですよね。 するとノドを中心にペタッと開くんです。 学校のアルバムとかもそうですね。だから、僕たちは印刷会社さんと話すときに最終形態がどうなるのか、どんな紙を求めているのか、それをきっちり話します。紙の選び方ひとつで仕上がりが異なってくるので、そこは最初に入念に確認するんです」
ーーー山本紙業さんの倉庫を見てみたいですね!
「僕自身は子どものときから見ている風景なので、言うてしまうと普通の光景でした。けど、うちに入ってきた若い社員なんかは紙が大量に積まれている倉庫がおもしろいみたいでしたね。紙の見た目もですが、触り心地も違いますし、紙好きの方がいらっしゃると、盛り上がっていますね(笑)」

ーーーそれはテンションが上がると思います。紙って、最初から色付けされているんですか?白い紙に色付けをしていくんですか?
「原材料に染料を入れるタイプと、あとから着色するタイプがあります。折り紙とかは後者ですね。タントという紙があるんですが、それは200色の展開があります。グラフィックデザイナーの田中一光さんという方が、紙で色パレットがあったらいいよねと言って作った紙です。これはすべて着色していますね。昔は製作過程で色の統一ができないなんてこともあったんですが、今は再現性を重視しているので、着色するためのレシピが存在していて、常に同じ色の紙を供給できるようになっています。ただ、原材料のパルプは、常に同じ産地のものが使えるとは限らないんですよ。今回はカナダ、今回はオーストラリアと変わる中で、仕上がりは一定ではなくてはいけない。そのクオリティを維持できるのは、作る職人の技術が向上しているおかげだと思います」
他社がやらないことを率先してやってみる
ーーーネット文化が入ってきて、紙以外での情報発信がメインだったり、本を紙で読む人も減少傾向です。いつぐらいから、紙よりデジタルというのを感じましたか。
「どうなんでしょう。 2000年には、いろんな情報媒体がデジタルになっていくだろうっていう未来予想図がありました。とはいえ本はなくならんやろうとか、 新聞はなくならんやろうとか、チラシはずっとあり続けるやろうみたいなのが現場の一般的な感覚だったと思いますね、如実にデジタルになってきたと感じ始めたのは、2015年あたりかな」
ーーーわりと最近ではありますね。
「Facebookの提供が日本で始まったのが2008年のリーマンショックくらいのときですよね。 あの時くらいからみんなの情報の取り方がデジタルになった印象です。2008年は最初のiPhoneが発売された年でもあって。まだガラケーの時代は、そこまでデジタル社会ではなかったと思いますよ。 iPhoneを使うようになって、SNS、YouTubeが流行りだし、 1日の生活の中で紙を触るよりスマホを触る時間の方が長くなった。そのときに変わっていったなっていう実感が出たんじゃないかな。 出版もそうかもしれないですね。 とはいえ本は売れるだろう、本なくならへんやろうってみんな思ってたと思うんですよね」
ーーーデジタル社会の突入と同時ぐらいにオリジナル商品の製作も始めたんですか?
「オリジナル商品作ったのは2009年、2010年ですね。 それよりも前に『パスコ』という軽量だけどハードな素材で、カバンやスーツケース、キャリーケースを作っていました。 元々は地方巡業されている大衆劇団さんから壊れへん衣装箱を作ってほしいと依頼されたのがきっかけでした。パスコの素材を使って衣装箱を作ったのが好評で、その発展型でビジネスマンが使えるようなグッズを作ったりしてたんです」
ーーーそれがオリジナル商品の最初なんですね!
「そうです。山本紙業が紙屋からメーカーになるためにギフトショーにも出るようになったんですよ。 紙屋さんがギフトショーに出て、 展示会に出るなんてことはなかったので驚かれました。山本紙業の何かひとつの新しい部門のきっかけになったのがパスコの商品でした。設計は僕がやるんですけど、実際に作るのは全部工場にお願いしていて。もっと自分たちでできることの幅を増やさなあかんと思い、文具の方に目を向けていきました」
ーーー最初のオリジナル文具は何になるんですか?
「『RO-BIKI NOTE』です。とある雑貨メーカーさんからカタログの顔になる表紙を提案してもらえないかという話があったんですよ。こういうのはどうですかねって提案したのがこのロウビキ加工をした紙だったんです。 当初、製本までちゃんと持っていけるのかはわからなかったんですけど、仕事を進める中でロウビキ紙はこういう注意点があるのかとか、ここは注意せなあかんのか、 こうやったら製本できるのかみたいなのを知れました。結果的に雑貨メーカーさんにも自分たちが求めてた質感を評価いただいたんですよ。 これは多分他ではできへんことだろうとも思いました。 こんなめんどくさいこと他社は絶対できへんと思って(笑)。『見つけた』って思ったんですね」

ーーーロウビキ紙というのは、どういう特徴があるんですか?
「ロウビキ加工とは、熱で溶かした蝋を紙に染み込ませる技術。耐水性、耐油性が向上します。例えばコロッケの袋、お魚を入れる袋、機械を包むなどに使われてたんですよ。 ただ、それがフィルムに台頭されたことによってロウビキ紙のニーズがなくなっていったんですよね。 そこと違うのは、ロウビキ紙はシワ感があったり色焼けが出てきたりして、 ビンテージ感を演出できること。 当時、ちょうどトラベラーズノートが人気になりつつあった中で、経年変化していくとか、自分色に染まっていく感覚が好きだなって感じていて。ロウビキ紙なら、それを紙で演出できると思ったんです」

2010年にオリジナル文具を始動させた山本紙業。そこから海外進出を始め、さらに飛躍していきます。後編では、海外で山本紙業が話題となった秘密や、渾身の新シリーズである「CANOPUS NOTE」について伺います。
(取材・文/中山夏美)